発表会での出来事

諦めないことは素晴らしいということ。

私にとって、思い出すと心臓が飛び出しそうな出来事で、今でも冷や汗が出てくるのですが……。

しかし、ご一緒しましたピアノ講師から「これこそ教育だ」との評価を頂きましたので、少しこの事を書いておこうと思います。

生徒のおじいさまの話です。

80歳をゆうに過ぎてから、自動演奏付きのピアノを購入され、自分でも弾けたらとピアノを始められた方で、1年半ほどの練習の後に、今回ついに発表会デビューされました。

たいへん練習熱心な方で、弾いてる姿をご自身でビデオに撮って、レッスンの時、ときどき見せてくださったり。

やはりご高齢でいらっしゃるので、進みはゆっくりではありますが、それでも着実に上達され、もちろん両手で弾かれます。

今回の発表会で演奏する曲は、短い簡単なもので、レッスンでは何度も弾きこなしていらっしゃいました。

しかし、舞台に上がり、弾き始めて数小節。そのあたりで手が止まってしまいました。

何度も何度も弾き直すのですが、どうしても同じところで止まってしまい、先へ進めません。

後から伺った話ですが、ご自宅で弾いているピアノとは音の聞こえ方が違い、焦ってしまったとのことです。

私は、舞台袖の隠し窓から、その様子を見守っていました。このくらいならまだ平気だろうか、いやまだ大丈夫かと、袖から見ていましたが、一向に良くなりません。

そして、ついに、おじいさまは演奏を諦めて立ち上がろうとされたので、私は急いで駆け寄りました。

「どうも出てきません(思い出せません)」

と、おじいさまが呟かれたので、ともかくその場でもう一度座って頂き

「落ち着いて、もう一度やってみましょう」

と、声をかけました。

おじいさまも、深呼吸して、もう一度弾き始めます。が、やはり同じところで止まってしまいます。

私は、最初は少し後ろで見ていましたが、無意識のうちに楽譜に指を置き、今ここだから何番の指、何の音と、少しずつ演奏を進めました。

思い返してみて驚いたのですが、その間、会場は静まり返っていました。

この発表会は、ピアノレッスンの事務所主催で、今年も100組近くの参加者がいらっしゃいました。参加者の多くはやはり子供達ですから、家族連れがほとんどで、この時間はそれなりの人数が会場に集まっていました。

その全員が、おじいさまのピアノの音色を一緒に追っているようでした。

そのような中、おじいさまはなんとか楽譜を追って、何度も止まりながらも最後まで弾き終えることができました。

立ち上がり礼をすると、会場からたくさんの温かい拍手がありました。

終演後、一部の講師から「左手を弾いてあげるなどして一緒に弾くことはできなかったのか?」という意見もありました。

しかし、舞台に上がった時、私の頭にあったのは

「今は、おじいさまの音楽の時間であって、私が介入してはいけない」

という、(変な?)信念のようなもので、それ以上のことは思いつきませんでした。今でも、このやり方でよかったのかな、と思い返すこともあります。

しかし、あるピアノ講師から

「諦めない精神を学ぶことができた。これは、今後自分のレッスンに取り入れさせてほしい」

という声を頂きました。

「子供達にピアノを教える上で、また教育という観点において、おじいさまがあの場で諦めずに最後まで頑張って弾き通した姿は、あの場にいた子供達の心に、なんらかの想いを残したはずだ」

とのことです。

その日の夜、おじいさまから電話を頂いたのですが

「本当に悔しかったから、家に帰ってから、さっきまでピアノを弾いていたんです」

と、笑いながら話してくださいました。早くも、リベンジに燃えていらっしゃるようです。

発表会の現場で起きた、そんなお話。できるだけそのまま書いてみました。ほんの少しでも、諦めない心が伝わりましたら幸いです。

後日談

発表会後、このおじいさまのところへ何度目かのレッスンに伺った時のこと

なんとピアノが新しくなっていました!

しかも!発表会の会場にあったピアノと同じ、スタインウェイのグランドピアノです!

なんでも、ピアノが違うだけで音の聞こえ方が違うのが分かった。本番と同じピアノで練習すれば、今度こそ成功できるはずだ。

とのことで……。

おじいさま、恐るべし。

次回の発表会に向けて、ワタクシも責任重大!(^^;;
2019.2.Tokyo

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